in

仏壇・仏具業界から見る伝統工芸業界のこれから

この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。

Journal編集長
Journal編集長

時代の変化とともに仏壇や仏具を置かない家庭が増えています。しかし、仏壇・仏具業界がピンチと言われている理由はそれだけではありません。尾張仏具職人で(有)ノヨリ神仏錺金具の職人である野依克彦さんに、仏壇・仏具業界から見る伝統工芸界のこれからについてお話しを伺いました。

仏壇・仏具は日本ならではの文化であり、故人の魂を慰めるために欠かせないものです。

それと同時に、仏壇・仏具職人の技術が光る”世界に誇れる伝統工芸品”でもあります。

仏壇や仏具に施されている装飾金具1つを見ても、仏壇・仏具だけに使われるのはもったいないくらい美しい魅力があります。

それらは『錺金具(かざりかなぐ)』呼ばれ、仏壇・仏具だけでなく寺社の建築物、お祭りのみこしや山車を装飾するために使われるものです。

代表的な仏壇・仏具の産地として知られる尾張仏具の現状、仏具製作以外の活動にも注目したい(有)ノヨリさんについても掘り下げて行こうと思います。

BECOSがおすすめする仏壇・仏具の技術を用いたおしゃれなアイテム

  • 職人が一つひとつ丁寧につくる逸品
  • 和のデザインを取り入れた美しいアイテム

仏壇・仏具業界の現状

日本の伝統工芸業界全般に言えることですが、仏壇・仏具業界も同様に職人の高齢化と後継者不足に悩み苦しんでいるのが現状です。

仏壇・仏具は本来、お墓参りに行けない時にも家で手を合わせられ、故人との対話ができ、先祖代々の魂を慰める心のよりどころ的存在として大切に受け継がれてきました。

しかし、以下のような理由から仏壇・仏具離れが加速化しているのです。

  • 仏壇・仏具を置くスペースがない
  • 生活空間のインテリアに合わない
  • 手元供養やデザイン仏壇・仏具に移行している
  • 賃貸物件なので移動が大変な仏壇・仏具は買わない
  • 無宗教・宗教離れ

核家族が増え、仏壇・仏具が置いてある家は一戸建ての人で約4割以下、マンション住まいでは2割以下という時代です。

では、仏壇・仏具業界の現状はどうなっているのでしょうか。

仏壇・仏具をつくる側の野依克彦さんに伺ったところ、職人の高齢化・後継者不足に加え、以下のような状況になっているそうです。

  1. 仏壇・仏具は各専門技術の職人の集大成。一つでもその職種が途絶えると製品ができない
  2. 職人の技術や販売員の知識の継承がされていない

仏壇・仏具は各専門技術の職人の集大成

尾張仏具には、大きく分けて木地師・彫刻師・漆塗り師・蒔絵師・箔置き師・彩色師・錺金具師があり、分業してひとつの仏具がつくられます。

更に細分化されています。例えば彫刻、道具や技術の違いから、欄間などの彫刻が専門の職人・仏像彫刻・木花・木魚など専門職に分かれています。

錺金具も社寺の建造物が専門の職人から、寺院用仏具・仏壇用仏具・仏壇の内側の金具・仏壇の外側の金具・仏の装飾金具・神輿専門の職人というように、細分化されており、大きい物と小さい物を作るのでは、道具が違うし求められる技術や知識も違うので、おのずと専門性が追求され、それだけ特化しています。

仏壇仏具は、このように各専門技術の職人の集大成で成り立っている総合芸術のようなものなのです。

他の伝統工芸品に比べても、厳しい現状であることがわかりますね。

職人の技術や販売員の知識の継承がされていない

野依さんが家業を継いだころは、仕事をよく知っている番頭さん達から細かい注意を受けたり色々なアドバイスを受けたり、それが技術や品質の向上にも繋がってたそうです。

販売員もその知識が若手社員に受け継がれこだわりを持った製品を作っていました。

しかし海外製品が入ってきたり、安価な工業製品が普及したり、さらに販売店の経営陣の世代交代も重なりだすと、値段の下げ合いで販売される様になり、手作り商品の良さを勉強し伝えて売るようなことがなくなったように、また買われる方も安ければと言う感覚になっていったと感じと野依さんは話します。

このままでは、技術の継承どころか、技術の低下さえも招いてしまう状態です。

野依さんは「職人の技術を守ろう、日本の職人を守ろうという姿勢で業界を変えなければいけない時にきている」と感じると話してくださりました。

尾張仏具の現状

仏壇仏具業界の厳しさに加え、「尾張仏具の現状も大変厳しい」と野依さんは話します。

『尾張仏具』とは、江戸時代初期の頃から愛知県名古屋市を中心とする尾張地区で生産されている木製漆塗り製品を中心とした工芸品のこと。

京都と並ぶ仏具づくりの一大産地である尾張地区には名古屋仏壇の産地もあり、ともに尾張近隣でとれる良質な木曽檜を資源にし、江戸後期には下級武士の内職として発展し、多種多様な製品が大量に作られるようになりました。

明治期以降は、専門性の高い技術が分業化され、ますます量産性を増し、品質が極めて良好と評され問屋が全国に販路を広げて行きました。

戦後の高度経済成長や人口増加に伴い昭和後期に売上、業者・職人の数もピークに達しました。

野依さんが生まれ育った名古屋市中区の門前町や橘町には、多くの仏壇仏具の小売屋、卸屋、職人、関連業者や協力業者が軒を連ねています。

野依さんが子どもの頃は、町を歩くとどこからともなく漆の臭いがしてきたり、金具を打つ音が聞こえてきました。何人もの同級生の親が、仏壇仏具関連の仕事をしていたそうです。

後を継いだ後も何人かの同級生と仕事で繋がっていましたが、ほとんどが辞めてしまいました。

錺金具の同業者でも私が家業を継いだ30年ほど前は、40社ほどあり、そのほとんどに後継者やお弟子さんがおられましたが、現在その数1/3社以下、職人の数はもっとそれ以下です。

尾張仏具は伝統的工芸品として認定されているけれど苦しい現状

尾張仏具は、平成29年に経済産業省指定の伝統的工芸品として国から認められています。特に木魚と丸金台は日本全国を見ても、尾張地区でしか生産されていません。

特殊な道具が使われ、『世襲』で行う世界なので、新たに錺職人になるのが難しいという現状もありますね。

美大系を出てものづくりに関心のある若者が、仕事を覚えてくれている喜ばしい現状もありますが、道具つくる職人さんや製造工程の一部をお願いする協力会社も軒並み減り、いろいろな面でこのままでは、業界の存続が危ぶまれる状況なのです。

寺院用具や在家用具などを受注作成してきた尾張仏具職人たちは、寺院の減少、仏壇・仏具や墓離れ、檀家の減少などによって収入が激減しています。

卸にとどまらず寺に直接交渉して仕事を受注する人や、アルバイトなどの副業をしたり、廃業したりするケースも増えており、仏壇・仏具業界だけでなく尾張仏具の現状も大変厳しいと言えるでしょう。

ノヨリの歴史

皆さんは、「錺(かざり)」という字をご存知でしょうか?

社寺、仏壇仏具、祭礼具などに用いられる装飾金具をこの字を用いて「錺金具(かざりかなぐ)」とよび、金で芳しく飾るという意味だそうです。

名古屋市中区上前津に位置する『(有)ノヨリ』は、錺金具(かざりかなぐ)を製造する工房です。

二代目野依克彦さんの母方は、四代続く錺金具職人。

そこで修業した父:野依稔さんが昭和45年(1970年)に独立し『野依神仏錺金具店』を開業しました。

昭和63(1988)年12月には『有限会社ノヨリ』に社名変更し、創業から50年を迎えます。

家業の錺金具の技術だけでなく、鍛金(たんきん)・七宝・高肉彫(たかにくぼり)・象嵌(ぞうがん)などの多彩な技術も学び、作品を製作して工芸展や美術展にも出展しています。

さらにその技術を錺金具製作に活かして多種多様なニーズにも対応しています。

また従来の伝統技術の中にCADやNC彫刻機、CO2レーザー加工機など新しい技術も導入し常に革新を心がけています。

※¹:コンピューター支援設計。

コンピューターを用いて設計する方法のこと

和悠庵とは

(有)ノヨリのブランド『和悠庵(わゆうあん)』は、錺金具の技術を通じて「和の心や文化、伝統など脈々と続いて来たものを、悠久に伝えて行きたい」という思いで名づけられました。

和悠庵の立ち上げ当初は、主に工芸的要素の高いものを中心に取り扱っていましたが、現在は一般消費者に向けて、和柄をベースにしたアクセサリーやインテリア雑貨などを中心に開発・製造しています。

プロダクトデザイナーの Hideaki Miyauchi氏にデザインを依頼した『花降ぅり(hana fuuri)』シリーズを始め、幅広い層の人にも親しみやすい商品を手掛けるようになりました。

『花降ぅり』で描かれているのは日本の国花でもある桜。

シンプルな桜のフォルムを活かしたミニマルなデザインは、現代のインテリアにもしっくりと馴染むと人気です。

仏壇・仏具以外の商品への挑戦の経緯

「生活様式の変化・宗教離れから仏壇・仏具の需要が減少するのは仕方ないことだ」と野依さんは続けます。

しかし、職人として受け継いできた大切な技術は、誰かが次の世代に受け継いで行かなければ確実に途絶えてしまいます。

そのため野依さんは、仏壇・仏具以外の商品への挑戦も始めています。

新たな挑戦を続ける理由を掘り下げていきましょう。

『錺金具の技術』を次の世代に伝えるには20年かかる

20年に一度執り行われる「伊勢神宮の式年遷宮※」からもわかるように、次の世代に技術を伝えるには約20年かかると言われています。

その繰り返しで技術が伝承されていくのです。もちろん錺金具の技術も伊勢神宮の式年遷宮に活かされています。

次回の式年遷宮はなんとかなりそうでも、その次もしくはその次の次には錺金具の技術が途絶えてしまっている可能性があるのです。

いったん途切れてしまえばもう続けることはできません。

特に野依さんの家業である仏壇・仏具や社寺の装飾金具、業界では「錺金具」と呼ばれる職種はかなり特殊です。

ジュエリーなどと違って、学校などで習うこともできず技術や道具も代々受け継ぎ伝えて行くしか方法がありません。

錺金具の技術も伊勢神宮の式年遷宮に欠かせないことは確かですが、生活の基盤無くして後継者を育てて行くことはできないのです。

仏壇・仏具業界に需要が無いのですから、他の業種に突破口を見出してニーズを掘り起こし、後継者が育つ環境を整えなければならなくなりました。

※しきねんせんぐう:持統天皇4年(690)以来1300年以上にわたって続けられてきた。

20年に一度、正殿を始めとする殿舎と御装束神宝(おんしょうぞくしんぼう)を新たに造り替え、大御神に新宮にお遷りいただくお祭り

山車「童子」が上海万博へ

(有)ノヨリが仏壇・仏具以外の商品に挑戦するようになったきっかけは、名古屋仏具研究会※で総勢30人もの職人がかかわり、つくったお祭りの山車「童子車(どうじしゃ)」です。

一般的な名古屋型の約1/2の大きさのミニチュア山車は、高さ3.5メートル。

金具や刺繍など、細かい部分が仏具に近いのが特徴で釘も接着剤も使っていない精度の高いものです。

この山車が名古屋市から2010年の中国・上海万博に出展されたことによって、それまで尾張仏具の商売(仕事)としての取引しかなかった分野とは別に『お祭りの仕事』の依頼が来るようになりました(大きなもので2~3年に一度)

※若手仏具職人と仏具卸商の若手とで職人の技の術向上や、技術の継承を行いより多くの人へ仏具やそれにかかわる伝統技術への関心を深めてもらうことを目的にしている(平成12年結成)

日本―スイス国交樹立150周年記念

先に紹介した童子車は、2014年にスイスのジュネーブアリアナ博物館にも展示されました。

日本とスイスの国交樹立150周年記念事業にともない開催された「尾張の山車祭り文化と伝統工芸美術」です。

それぞれの技術を持ち寄り、10ヵ月かけてつくられたこの童子車は、素材も本物と同じ木曽ヒノキ製。

山車の中央にはからくり人形、側面には桃太郎やかぐや姫などの童話の一幕を表した彫刻や蒔絵を施し、錺金具があしらわれています。

展示先ではからくり人形師の萬屋仁兵衛さんや梶方衆、祭りのプロ集団二番永田組さんとともに生のお囃子に載せた実演やお祭り体験も行い大盛況でした。

このようにして、日本のみならず海外に受け入れられる「山車文化を広める活動」もしています。

挑戦することへの思い

(有)ノヨリの二代目野依克彦さんが挑戦し続けることができるのは、ノヨリの技術を生かした作品だけでなく、日本の伝統工芸をこの先もずっと後世に伝えていきたいという熱い思いがあるからです。

それと同時に、今のままでは仕事が無くなってしまうシビアな状況はどんどん迫っています。

新たな挑戦は”必然的なもの”であり成功させたい!という切実な現実もあるのです。

技術をただ受け継いで行くだけではなく、製品を買ってもらうのをじっと待っているだけでなく、「自ら動き、自らアピールし、まずは多くの人に錺金具の良さを知ってもらうことが大切だ」と野依さんは話します。

そのうえで、外国製品や量産品とは違う精度の高さなどを伝えて行く。

そんな商品展開や表現に挑戦しているのです。

錺金具づくりは少人数で分業化してつくり続けることは難しいので、図面管理にはCADを使い、透かしを抜くときには彫刻機なども使って効率化しています。

コストを下げて良いものを発表できるように工夫している。

ものづくりを通じていろいろな人とのつながりを大切に考える野依さんは、新しい時代の波に乗れるタイプの職人さんと言えますね。

和悠庵のアイテムの紹介

和悠庵には、錺金具の技術を生かした素敵なアイテムが揃っています。

女性用だけでなく、男性用アクセサリーやインテリア、雑貨などもあります。

日本ならではの桜の文様を生かした銅製のキャンドルトレイ、金箔を施した魚をモチーフにしたタックピンなどもあります。

BECOSがおすすめする和悠庵のおしゃれなアイテム

  • 職人が一つひとつ丁寧につくる逸品
  • 和のデザインを取り入れた美しいアイテム

まとめ

この記事は(有)ノヨリの二代目の野依克彦さんに「仏壇・仏具業界から見る伝統工芸業界のこれから」について伺ったリアルな意見をまとめたものです。

仏壇・仏具の需要は減少の一途ですが、日本の宝とも言える仏壇・仏具をつくる技術は、決して絶やしてはなりません。

需要が大きく減ってしまった分、アクセサリーや雑貨づくりにも取り組むことで日々の仕事を確保できれば、収入面だけでなく技術の維持向上にもつながります。

また、新たな取り組みが本業に思いがけない相乗効果をもたらす可能性もあるでしょう。

「今は貪欲に、そして積極的に新たな可能性に挑戦していきたい」と思いながら野依さんは活動を続けています。

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

七宝職人に聞いた!七宝焼の魅力と有名産地ごとの違い

七宝職人に聞いた!七宝焼の魅力と有名産地ごとの違い

【送る人別】絶対に喜んでもらえる!結婚記念日の贈り物35選

【送る人別】絶対に喜んでもらえる!結婚記念日の贈り物35選