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本場黄八丈

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  • 東京都八丈島
  • 1400年頃
  • 室町時代

本場黄八丈の歴史

八丈島の織物の歴史は古く、室町時代(1336年~1573年)には貢納品として納められていたと言われています。

江戸時代(1603年~1868年)の国学者・文献学者・医師である本居宣長(1730年~1801年)が記した書物に「八丈という島の名は、かの絹の八丈より出づるらむかし」と記述があることから、島の名前の元になったとされています。

本場黄八丈の特徴

黄八丈の特徴は、八丈島の独特の風土の中から生まれた「染め」と「織り」にあると言われています。

黄・樺・黒の三色が主体で、すべて八丈島で自生する草木を原料とする天然染料です。

黄色は八丈刈安(学名コブナ草)、樺色は、マダミ(学名タブの木)の皮黒色は椎の木の皮と泥染めによる島独自の染色法によってつくられます。

三色を組合わせた竪縞、格子縞などの織物は手織りで作られます。

こうした黄八丈は、長い年月を経ても変色することがなく洗えば洗うほど鮮やかな色を見せるようになります。

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

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