in

久留米絣

この記事を読むのに必要な時間は約 1 分です。

 

久留米絣

  • 福岡県
  • 1800年頃
  • 江戸時代

久留米絣の歴史

久留米絣の起源は1800年頃、当時12〜3歳だった井上伝という少女の発案がきっかけだったと伝えられています。

古着の色あせたところに白い斑点ができているところを見て古着を解き、これをヒントに白糸を手括り、藍で染め、飛白模様織物を作る方法を発明しました。

その後、織機の改良で「からくり儀右衛門」こと、田中久重の協力や多くの人たちの創意工夫によって、今日の久留米絣が出来るようになりました。

久留米を中心とした、ほとんどの農家の副業として織られるようになり、明治時代以降(1912年~)は、庶民の衣服として全国に広がり愛用されました。

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

本場黄八丈

牛首紬