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宮城伝統こけし

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宮城県

  • 1800年頃
  • 江戸時代

歴史

こけしがいつ誕生したかについては定かではありませんが、ほぼ1800年代前半と考えられています。

こけしを作っていた工人は、その昔、木地師とか轆轤師(ろくろし)といわれていた人々で、本来、椀や盆、柄杓などの日用雑器を作っていました。

当時の農村には、冬の間を利用して、一年の労働の疲れをいやすために近くの温泉地へ湯治に行くという習慣がありました。

そうした湯治場の近くに住む木地師たちは、豊かな木材を利用して、こけしや独楽などの木地玩具を作っては、湯治客相手のみやげ物として売るようになりました。

明治の中頃には、湯治場も盛んになり、こけしの需要も増え始めます。

それとともに木地や描彩も精巧になり、こけしは子供の玩具から、大人の趣味や鑑賞にもたえうる工芸品へと発展していきました。

特徴

こけしは、最も簡略化された造形の美しさに加え、清楚にして可憐な姿は山村の自然に囲まれた素朴な工人の心を通じて表現した美しさであり、産地の独特の形・模様を通じて今日に受け継がれています。

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

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