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高岡銅器

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富山県高岡市

  • 1611年頃
  • 江戸時代

歴史

高岡銅器は、1611年に加賀藩主、前田利長が町の繁栄を図るために7人の鋳物師を高岡市金屋町に呼び寄せたことがはじまりです。

当初は大名に献上する美術工芸品として製作されていました。

その後、仏具、鍋釜、花瓶、茶道具、装飾金具として国内外に広く普及していきました。

海外では、1862年のロンドン万国博覧会や1867年のパリ万国博覧会などを通して紹介され、輸出品としても美術銅器は確固たる地位を築いていきました。

特徴

高岡銅器は、自由で繊細な造形でしなやかでしっとりとした美しい鋳肌が特徴です。

時間の経過とともにその表情や感触に深みがうまれ、奥に潜んでいた真の美しさが現れてきます。

人と共に成熟していく工芸品です。

製造には、原型づくり→鋳造→仕上げ加工→着色 という工程をたどり、どの工程においても、熟練した職人の手技の粋が発揮され、それらが連携することにより、1つの造形美が生まれます。

高岡は日本唯一の青銅器の産地として、茶器、花器、香炉、仏具から梵鐘、野外の大型ブロンズ像(銅像) に至るまで製造しています。

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

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