in

常滑焼

この記事を読むのに必要な時間は約 2 分です。

常滑焼の歴史

常滑焼は、愛知県常滑市を中心として古くから作られている焼物のことです。

平安時代後期に、愛知県の知多半島の丘陵地を利用して3,000基の穴窯が作られました。

当時は釉を使用せず、粘度を焼き上げることで作られた壺や椀などが作られていたと言われています。

平安時代から江戸時代初期に作られたものは「古常滑」と呼ばれています。

また常滑焼は「日本六古窯」の1つと言われ、「常滑・瀬戸・信楽・越前・丹後・備前」の中でも最も古く、大きい産地でした。

江戸時代になると、真焼(硬く焼き締まった焼物)と赤物(柔らかな焼物)、朱泥茶器が広まっていきました。

明治時代には鎖国が終わり開国し、輸出産業が推奨されたことにより、近代土管が作られ大量に生産されました。

明治時代に突入すると、機械化が進みタイルや陶器が作られるようになりました。

そして1998年には、三代山田常山が人間国宝として認定され常滑焼が愛知県から日本中に伝わっていきました。

現在は、技術革新によって製品の種類や生産量が増え、私たちの生活を支える伝統文化となっています。

常滑焼の特徴

常滑焼の特徴は、赤褐色の色味です。

この色味は、鉄分を多く含んでいる土やベニガラ(酸化鉄)が赤く発色したことで生まれています。

常滑焼で有名は急須は、土を改良して出来上がった朱泥土によって作られています。

常滑焼は、「ろくろ成形」「押型成形」「手ひねり成形」「ヨリコ造り」の4つの成形技法が、1,000年の歴史の中で育まれました。

これらの伝統技法を取得し、常滑焼の製品を作ることができる職人は伝統工芸士として認定されます。

現在、常滑焼の伝統工芸士は31名登録されており、常滑焼の伝統的の技法を後世に伝えています。

常滑焼の急須は、煎茶の風習をきっかけに一気に日本中に広まっていきました。常滑焼で作った急須は、まろやかな味わいと言われています。

それは、赤褐色色のもとである酸化鉄とお茶の苦み成分のタンニンが反応を起こし、お茶の苦みや渋みを取り除いてくれるのだと科学的にも証明されています。

現在は赤褐色の急須だけでなく、さまざまな形の急須が広まっています。

焼き上がった急須に、釉薬で光沢や色味などコーティングが施されているものが増えています。

その結果、従来の赤褐色だけでなく、黒や茶、緑など色の種類が豊富になっています。

新しい職人の手によって、さまざまな急須が登場しています。

常滑焼の利用シーンと利用の注意点

古くから伝わる常滑焼の急須は今もなお、使われています。

現代は食器や洗面器、植木鉢などの生活用品や、タイルや土管などの建築製品にも常滑焼が利用されています。

常滑市内のレストランの中には、常滑焼の食器を利用して料理やコースが提供されています。

常滑焼を取り入れることで常滑焼の伝統を大切にしながらも、日常的に利用できるという親しみやすさを広めています。

また常滑焼の陶芸体験を実施している施設や工房が数多くあります。

陶芸体験を通じて、実際に常滑焼がどのようなものなのか体験することで身近に感じることができます。

常滑焼の見学をできる工房

登窯広場展示工房館

愛知県常滑市栄町6-145

10:00〜16:00

0569-35-0292

常滑焼の体験をできる場所

晴光

愛知県常滑市栄町3-91

0569-34-2094

10:00~16:00

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

萩焼

唐津焼