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カート

津軽塗

伝統工芸

Traditional crafts

津軽塗

青森県津軽地方

  • 1700年頃
  • 江戸時代

歴史

History

津軽塗は1700年頃に成立した、というのが一般的な説です。津軽藩は産業を育成するために、諸国から多くの職人・技術者を集めました。その中の一人、塗師の池田源兵衛は、信政の命により、新しい技法の習得のため、江戸に赴くことになります。江戸で源兵衛は、青海太郎左右衛門という職人に師事しました。源兵衛は志半ばにして、江戸で病を得て生を終えますが、息子の源太郎がその遺志を継ぎ、青海太郎左右衛門の下で修業に励みます。やがて太郎左右衛門も死に、源太郎は師の姓と父の名を受け継いで、青海源兵衛と名乗ることになります。後に帰藩した源兵衛は、習得した技術に独自の創意を加え、津軽の地で新たな漆器を生み出します。これが津軽塗の基礎となったといわれています。その後、様々な職人が工夫を重ね、次々と新たな塗を生み出していきました。江戸時代を通じ、こうして生産された塗物は、幕府や朝廷・他の大名家や公家への贈答品として、弘前藩に欠かせない重要な工芸品となりました。明治維新後、これらの塗を総称し、津軽地方の伝統工芸品として「津軽塗」の名が生まれたとされています。1873年には、ウィーン万国博覧会に青森県が「津軽塗」を出品していることが明らかになっています。その後、弘前に旧日本陸軍第八師団司令部が置かれ、軍都として発展していくのにつれ、津軽塗も大衆化が進み、産業として隆盛を極めました。その後、太平洋戦争の勃発により、産業としての津軽塗は一時中断しますが、伝統は失われることなく継がれていきます。そして太平洋戦争後、高度成長時代に合わせて再び活況を取り戻し、津軽塗は現在に至っています。

特徴

Characteristic

津軽塗の技法は、ヒバ材に布を被せ、漆の液を何回も何回も重ねて塗り、砥石で模様を研ぎだすというものです。その制作には2ヵ月もの時間を要します。津軽塗には唐塗・錦塗・ななこ塗・紋紗塗の4つの伝統技法を用います。中でも、唐塗が一番一般的だと言われ、下地→斑模様(漆)→乾燥(1週間)→模様付け(市松)→漆の重ね付け→研磨(砥石、炭)→艶出し(漆)の工程で完成します。錦塗は、ななこ塗の上に錦で模様をあしらったもので、図柄と色には決まりがあり、図柄は黒や緑等で古典唐草や卍などを合わせた物を描き、色は金色に仕上げる決まりがあります。ななこ塗は下地処理の後に菜種を蒔きつけ、乾いてからはぎ取って小さな輪紋を付けた品のいい塗りで、砥石や炭で綺麗に輪紋を研ぎだす為、高度な技術が必要とされています。

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