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江戸木目込

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京都府

  • 1736年頃
  • 江戸時代

歴史

「木目込人形」の歴史は8代将軍徳川吉宗の頃に遡り、京都・上加茂神社の神官・堀川家に仕えていた高橋忠重が、奉納箱を作った後、余った柳の木片を用いて人形を作り、そこに溝を掘って古い衣装を挟んで着せたのが始まりと言われています。

やがて京都の人形師によって商品化され、当初は賀茂で作られたため「賀茂人形」とも呼ばれていましたが、胴体に溝をつけて衣装生地を木目込んでいたことから「木目込人形」とも呼ばれるようになりました。

1700年頃以降になると、江戸が文化の中心地となったため、京都の職人も江戸へ下るようになり、木目込人形も江戸風に変化していきました。

その後、木だけでなく桐塑も使われるようになり、さらに衣装も豪華なものが好まれるようになっていくことで高級化・多様化が進み、「江戸木目込人形」として確立されていきます。

特徴

木目込み人形の特徴は、上記に記載した通り、人形の「型」から製作し、その型にそって衣装を木目込んでいくため、型の形がそのお人形と衣装にそのまま表れます。

そのため、型作りをする人形職人の創造性が表れやすく、独創的な製品が多いのが特徴です。

また、上記でご説明させて頂いた通り、胴体には天然素材を使用した上で、衣装を着せていますので、型崩れがしにくく大変丈夫で長い間お飾り頂けます。

加えて、衣装着の雛人形に比べても大きさが少し小さめのものが多く、扱いやすいという点も特徴です。

Written by 赤津 陽一

竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

熊野筆

宮城伝統こけし