奈良墨とは
奈良墨とは、奈良県奈良市で作られている固形墨です。日本国内で使用されている固形墨のほとんどが奈良墨という、脅威のシェア率を誇ります。
奈良墨がこれほどまでに愛される理由は、美しい墨色と書き心地が非常に良いところにあります。不純混合物がほとんどなく、成分の粒子が細かく均一であることが、墨色の美しさと心地良い使用感に繋がっているのでしょう。
実用性はもちろん、美術工芸品としての価値も極めて高い固形墨といえます。
奈良墨の歴史と生産拠点の変遷
奈良墨のはじまりは、飛鳥時代にまでさかのぼります。
約3500年前の中国で生まれた墨は、飛鳥時代に日本へ伝来。その後、各地で墨作りが盛んに行われるようになりました。
平安時代に入り、各地の墨作りが下火になる中、奈良の墨は寺社を中心に作り続けられます。その背景には、藤原氏の隆盛が関係していました。藤原氏と関係が深い興福寺という寺が、経典や写経に使う墨を生産していたのです。
儒学者・貝原益軒(かいばらえきけん)は当時の様子を「奈良の墨は明徳・応永のころ(=室町時代)興福寺ニ諦坊(にたいぼう)で製するところが始まりである」と記しています。
戦国時代に入ると、奈良墨の名がさらに知られることになりました。織田信長や豊臣秀吉の施策により、墨工が寺社ではなく、墨屋を構えて生産するようになったからです。日明貿易が盛んになり、輸入された菜種油から墨を簡単に作ることができるようになったのも、奈良墨の生産量を大きく上げた一因となりました。
江戸時代には墨と共に筆などの文房具が流行し、奈良のお土産として人気上昇。一方で、徐々に墨屋が少なくなっていったのも事実です。
昭和には液体墨が登場し、固形墨の需要は大きく低下しました。それでも、奈良墨ブランドは健在で、書道家など愛用する人が後を絶ちません。
そして、奈良墨は2018年、国の伝統的工芸品に指定されたのです。
美しさと実用性を兼ね備えた奈良墨の特徴
多彩で深みのある色
奈良墨の特徴は、単なる墨とはいえないような多彩で深い色にあります。
例えば、一般的に流通している練習用、学童用の固形墨。水を多めに混ぜると、少し茶色味を帯びた墨色になり、淡い滲みが文字の優美さを際立たせます。逆に、水をあまり混ぜず墨が濃い状態で書くと、てかてかとした光沢が美しく、存在感のある墨色に変化。目に入ったときのインパクトが強く、大作用に使用する場合が多いです。
また、青色の煤(すす)に本藍を加えた特殊な墨も存在します。青色をほのかにまとった字は、書く者にも見る者にも、精神的な落ち着きを与えてくれることでしょう。
さらに、菜種油煙墨(ゆえんずみ)は、水が多い薄墨で赤紫色が現れます。胡麻油煙墨は淡墨で紫系の黒色、濃墨で漆のような深い黒が印象的。特に胡麻油煙墨は香り豊かで、和墨最高と名高い固形墨です。
このように、奈良墨は種類や混合する水の量によって異なる色合いが出ます。そのため、「表現したい雰囲気に合わせて使う墨を選ぶ」という楽しさもあるといえるでしょう。
書き心地の良さ
成分が細かく均一な奈良墨は、筆を滑らせたときの感覚も抜群。特に写経など、細字で書くときには筆がねばらず、進みが良い特徴があります。この書き心地の良さは、上質の原料を使うことはもちろん、墨を作るときの「もみ作業」が関係しています。
もみ作業は、溶かして作る膠(にかわ)液に煤や香料を混ぜ、表面に艶が出てくるまで練り上げる作業です。手先から腕まで真っ黒になることもいとわずに、職人は練り続けます。そうすることで上質な固形墨ができ上がり、なめらかな書き心地を実現するのです。
奈良墨の現代での使われ方とお手入れ方法
奈良墨は書道や水墨画で使用されることが多く、多くのアーティストを今なお魅了し続けています。墨をするときには、ゆっくり優しくするように意識すると、奈良墨の深い墨色が美しく出てくることでしょう。固形墨に使用期限はないため、世代を超えて長く使い続けることができます。
また、現代では「香り墨」という新しい楽しみ方も生まれました。奈良墨がまとう上品な香りをかぐことで、精神を落ち着かせる効果を得られます。神仏の顔など造形も工夫されており、見ても楽しい一品です。
手入れ方法は至って簡単。擦った先を半紙で拭き取るだけです。ただし、急激な湿度変化はヒビや割れの原因となる恐れがあります。そのため、直射日光や多湿な場所を避けて保管しましょう。桐箱など湿度が一定に保たれる環境で保管すると、奈良墨をより長く楽しむことができます。
奈良墨の見学・体験ができる場所
なら工藝館
所在地 | 奈良県奈良市阿字万字町1-1 |
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電話番号 | 0742-27-0033 |
定休日 | 毎週月曜日(祝日なら開館)、祝日の翌日(土日祝日を除く)、年末年始(12月26日〜翌年1月5日) |
営業時間 | 10:00〜18:00(入館は17:30まで) |
HP | https://azemame.web.fc2.com/ |
備考 | 奈良墨は見学のみ(他工芸は体験教室あり) |
株式会社 古梅園
所在地 | 奈良県奈良市椿井町7 |
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電話番号 | 0742-23-2965 |
定休日 | 土日祝(時期により多少変更あり) |
営業時間 | 9:00~17:00 |
HP | http://kobaien.jp/index.html |
備考 | 11月~4月にぎり墨体験あり(4,000円~) |